ザトウクジラ個体群の回復、行動の柔軟性が適応の鍵に

ザトウクジラの個体群は顕著な回復を遂げており、これは海洋保護の取り組みにおける重要な成功例として認識されている。研究者オルガ・フィラトワ氏が指摘するように、かつては稀であった目撃情報が、現在では調査海域においてほぼ日常的な光景となっている。この回復の背景には、1982年に採択され1986年に発効した国際捕鯨委員会（IWC）による商業捕鯨モラトリアムが大きく寄与したと見られている。日本はこの決議を1985年に受け入れ、商業捕鯨は1988年3月までに全面的に禁止された。

世界的なザトウクジラの総数は、かつての最低水準であった約10,000頭から大幅に増加し、現在では慎重に見積もっても約80,000頭に達すると推定されている。この個体数の増加は保護政策の有効性を示す一方で、海洋生態系におけるクジラの増加が魚類資源に与える影響について、一部で懸念が提起される要因ともなっている。クジラが増加しすぎると、彼らが捕食する魚が減少し、海洋生態系全体のバランスが崩れる可能性があるという見解も存在する。

この種の成功の鍵の一つは、食性に関する行動の柔軟性にあることが観察されている。ロシアのセニャービン海峡での調査では、ザトウクジラが主要な食料源であるシロエビが姿を消した際、狩りの対象をタラ科の魚からオキアミへと切り替える行動が確認された。このような適応能力は、彼らの進化的な成功にとって極めて重要であると、学術誌『Marine Mammal Science』で詳述されており、環境変動に対する種のレジリエンス（回復力）の高さを示唆している。

ザトウクジラは、エネルギー効率の高い捕食技術でも知られており、その一つに「トラップフィーディング」がある。この手法では、クジラが口を大きく開けて水面に浮遊し、カモメなどの鳥類がその口の中に魚を追い込むように誘導し、魚が避難場所としてクジラの口内に逃げ込むのを待って捕食する。このような創造的な行動は、彼らの高い学習能力と環境利用の巧みさを示している。また、一部の研究では、クジラが口を開けて魚を待つ行動が、中世の文献に記された伝説の海獣の記述と類似している可能性も指摘されている。

フィラトワ氏は、海氷の融解が北極圏に新たな生息域を開放していることから、ザトウクジラの将来については楽観的な見方を示している。しかしながら、ホッキョククジラやイッカクといった、より北極圏への依存度が高い種については、気候変動が海洋生物の生息域と資源の分布に直接的な影響を与え続けていることを示唆し、より深い懸念を表明している。IWCのデータによれば、一部のクジラ資源では、商業捕鯨時代よりも性成熟年齢が低下している可能性が示唆されており、これは栄養状態の向上が背景にあると考えられている。

この回復の物語は、国際的な協調と科学的知見に基づく管理の重要性を浮き彫りにする。1946年に締結された国際捕鯨取締条約（ICRW）に基づき1948年に発足したIWCは、世界の鯨類資源の保存管理を目的としているが、商業捕鯨モラトリアムの継続を望む国々と、限定的な捕鯨再開を求める国々との間で、現在も議論が続いている。ザトウクジラの事例は、保護措置が効果を発揮した場合の生物多様性回復の可能性を示す一方で、変化する環境下での種の適応戦略の重要性を改めて認識させるものである。