オリヴィエ・サラダの変遷：豪華な起源からバルカン半島の定番料理へ

オリヴィエ・サラダは、セルビアを含むバルカン諸国において「ルスカー・サラータ」（ロシア風サラダ）として親しまれ、祝祭の席に不可欠な一品であり続けている。しかし、その起源は、19世紀のモスクワで生まれた、現代の姿とは大きく異なる豪華絢爛な料理に遡る。このサラダの変容は、伝統的な食文化が時代の要請と食材のアクセシビリティに応じていかに適応するかを示す事例である。ロシア国内では、このサラダは新年に家族が集まる際に大量に供されるのが一般的であり、ロシアの食文化におけるサラダの重要性を象徴している。

オリヴィエ・サラダの考案者は、1838年にモスクワで生まれたフランス系ロシア人のシェフ、リュシエン・オリヴィエ氏である。彼は1864年にモスクワのトルーブナヤ広場に高級レストラン「エルミタージュ」を開店し、その経営者兼シェフを務めた。この店で看板メニューとなったのがオリヴィエ氏考案のサラダであり、特に彼が使用した秘伝のマヨネーズのレシピは生涯公開されなかった。オリジナルの構成要素には、ライチョウの肉、ザリガニの尾、キャビアといった当時の富裕層を対象とした贅沢な食材が含まれ、これらはプロヴァンス風ソース（現代のマヨネーズの祖先）で和えられていた。この洗練された一皿は、当時のモスクワの美食家から絶賛され、ロシア全土の料理人に広まった。

ロシア革命後の1917年頃にエルミタージュが閉店に追い込まれると、オリジナルのレシピは失われた。現在知られる「オリヴィエ・サラダ」は、その豪華な材料をより入手しやすい代替品に置き換える形で再構築されたものである。具体的には、高価なライチョウやザリガニの代わりに、ハム、鶏肉、牛肉、そしてジャガイモやニンジンといった安価で汎用性の高い野菜が用いられるようになった。このレシピの簡素化は、ソ連時代にレストラン「モスクワ」の料理人イワン・イワノフが「首都サラダ（サラート・ストリーチヌィ）」として再現を試みたことにも関連している。この食材の転換は、伝統料理が庶民の食卓に浸透する過程で必然的に起こった現象であり、その結果、現代のバージョンは19世紀のオリジナルとは大きくかけ離れたものとなっているが、人気は衰えていない。

バルカン半島、特にセルビアにおける「ルスカー・サラータ」は、このロシア経由のレシピが伝播した形態である。セルビア料理は、オスマン帝国やオーストリア＝ハンガリー帝国の影響を受けた東西文化の交差点という歴史的背景を持ち、食文化の多様性に富む。ルスカー・サラータは、ジャガイモを主軸としつつも、ニンジンやピクルス、ハムなどが均一な大きさに角切りにされ、マヨネーズで和えられるのが特徴であり、日本のポテトサラダと類似点が見られるが、そのルーツはロシアにある。ロシアでは冬が長く新鮮な野菜の供給が限られるため、ピクルスなどの保存食が重宝され、マヨネーズの消費量が多い食文化と結びついている。このサラダの変遷は、単なるレシピの変更に留まらず、ロシアの社会構造の変化、そしてそれが周辺地域に与えた食文化的な影響を映し出す鏡と言える。専門家は、このサラダがポテトサラダの起源であるという説を有力視しており、その歴史的意義は大きい。