猫の個体識別、リラックス時の「ゴロゴロ音」が「ニャー」より信頼性高める

家庭で飼育されるイエネコ（Felis silvestris catus）の音声コミュニケーションに関する新たな学術調査により、一般的に知られる「ニャー」という鳴き声よりも、リラックス時に発せられる「ゴロゴロ音（purr）」の方が、個体を識別するための信頼性の高い音響的手がかりとなることが判明した。この発見は、フェデリコ2世ナポリ大学の研究チームによって、2025年12月9日付の学術誌『Scientific Reports』で発表された。

分析では、人間の音声認識技術を応用し、音声の周波数特性を数値化して特徴を係数に集約する手法が採用された。研究対象となったのは、口を開けて発声される「ニャー」と、口を閉じたまま数秒から数分間持続する「ゴロゴロ音」の二種類である。当初、研究者らは人間とのコミュニケーションに特化して進化したとされる「ニャー」の方が、個体識別情報を持つと仮定していたが、分析の結果、ゴロゴロ音には「ニャー」と比較して著しく豊富な個体固有の特徴を示す情報が含まれていることが確認された。この安定した音響的特性が、個体識別の信頼性を高める要因であると結論付けられている。

ゴロゴロ音の安定性は、その発声メカニズムと関連している可能性がある。ゴロゴロ音は一般的に25〜150Hzの周波数帯域で発生し、リラックス状態を示すことが多いが、ストレス時にも発せられる複雑な表現である。対照的に、人間への要求や注意喚起に用いられる「ニャー」は、状況に応じて音の高さや抑揚が大きく変化する「柔軟性」を示す。この適応性の高さが、個体ごとの一貫した識別情報を希薄にしていると考察される。

この音声の柔軟性は、イエネコが約1万年前に祖先種であるリビアヤマネコ（Felis lybica）から家畜化される過程で進化したと考えられている。イエネコは人間との共生の中で、人間とのコミュニケーションに特化した鳴き声を発達させた。ニャーという鳴き声は、本来子猫が母猫に使う救難信号であり、成猫同士では稀な行動様式だが、人間に対しては頻繁に用いられる。

研究チームは、家畜化の影響をさらに深く検証するため、アフリカヤマネコやクーガーを含む五種の野生ネコ科動物の鳴き声を博物館の音声アーカイブから抽出し比較分析を行った。その結果、イエネコのニャーは、野生の近縁種と比較して、人間社会への適応に伴い、より大きな変動性を示すことが裏付けられた。この進化的な適応は、人間が持つ幼児図式に訴えかける特徴を鳴き声にも持たせた結果とも指摘されている。

さらに、猫の鳴き声の傾向には遺伝的要因も関与していることが、京都大学の岡本由芽氏らが率いる研究チームによって示されている。彼らは280匹の飼い猫のDNAを分析し、性ホルモンに関わる「アンドロゲン受容体遺伝子（AR遺伝子）」の長さと、ゴロゴロ音の頻度や鳴き声の傾向に関連があることを発見した。特に短いタイプのAR遺伝子を持つオス猫は、飼い主に対して頻繁に声を出す傾向が顕著であった。このAR遺伝子の構造をトラなどの他のネコ科動物11種と比較したところ、純血種に見られる「長型」の遺伝子タイプは、人間によって血統登録・繁殖された猫種（シャムやロシアンブルーなど）にのみ存在することが確認された。これは、人間との相互作用を通じて、猫の音声コミュニケーション戦略が遺伝子レベルで選択され、変化してきた可能性を示唆する。

ゴロゴロ音の周波数帯域、特に25〜50Hzの低周波振動は、骨折治療を促進し骨密度を高める効果があることが、ニューヨーク州立大学のクリントン・ルービン博士の研究で確認されている。この振動が猫自身の治癒メカニズムとして機能していると考えられており、この科学的知見は現在「超音波骨折治療法」としてスポーツ選手の治療にも応用されている。個体識別という観点からは、状況によって変化する「ニャー」よりも、安定した音響的指紋を持つ「ゴロゴロ音」が、猫の個性を把握するための鍵となるという、音響学的に重要な知見が示された。