注視する対象こそが、活性化するのです。
【質問】
leeさん、まずはあなたの著書に感謝を伝えたいと思います。これらは私にとって、まさに目から鱗が落ちるような発見でした。これまで数多くの著者の本を読んできましたが、どれも似通った内容に思える中で、私は普遍的な答えを求め続け、ついにあなたのオーディオブックの中にそれを見出しました。あなたもきっと、古今東西の多くの著書を読まれてきたことでしょう。少なくとも、あなたの一冊目の著作は『思考は現実化する』の引用から始まっています。そこで、ジョー・ディスペンザ博士が提唱する「誘導(インダクション)」というプロセスについて、ぜひあなたの見解を伺いたいのです。というのも、私がこれまで読んできたほぼすべての著者が、このプロセスについて触れているからです。
【leeの回答】
メカニカルな意味において、「誘導」とはあるシステムが別のシステムの中で反応を引き起こすことを指します。例えば、あなたが玄関のベルを鳴らしたことで、その音に反応してドアの向こうで誰かが動き出すような状態です。しかし、その人物がその後どのように振る舞うかは状況によって異なり、それがまた別のプロセスを形成していくことになります。
ディスペンザ博士の定義によれば、これは「観察」というプロセス(あるいは周波数)に意識を安定させるための、瞑想の導入ステップにあたります。振り返ってみれば、彼の用いる用語や活動の方向性はすべて、自らの損傷した背骨を完治させたという個人的な体験に基づいています。つまり、「あらゆる外部刺激を遮断し、身体の特定の部位に意識を集中させる」という要素こそが、彼が自ら実践して成功を収め、それを他のプロセスへと応用している核心部分なのです。
宇宙の唯一の「法則」という視点で見れば、これはある現実が別の現実に対して支配権を持つことを認めるプロセスと言えます。それは「どちらが優れている」といった比較ではなく、単に「意識を向けている対象こそが活性化する」という原理を指しているのです。
現時点でのディスペンザ博士は、この原理を自身のワークに直感的に取り入れており、同様の手法を他の分野に応用する道を同じく直感的に探っています。私の記憶では、彼のワークにおけるチューニングは「周囲の空間を感じること」を通じて行われていたはずです。これは、「今、ここ」という瞬間の感覚に完全に没入することで、注意を一点にフォーカスさせる作業に他なりません。
苦痛の中にいる人々がそこから抜け出そうとする場合、自己回復のための手段としてこれだけで十分すぎるほどです。彼らに必要なのは小難しい解釈や説明ではなく、自らを癒やすために、自分の体が今行っていることへの「抵抗」を止めることなのです。
ただし、創造的な自己表現といったプロセス全般の理解として捉える場合、このアプローチは文脈から切り離されてしまう可能性があります。それは手法自体が間違っているからではなく、現代科学には「相互作用のプロセス全体がどのように機能しているのか」を明快に説明するための理論的基盤がまだ欠けているからです。




