地球近傍天体への備えは、人類の集合的な未来を見据える上で不可欠な一歩である。欧州宇宙機関（ESA）が準備を進める「Rapid Apophis Mission for Space Safety（ラムセス）」計画は、その先見の明を示すものだ。このミッションは、2029年4月13日に地球へ極めて接近する小惑星アポフィス（99942 Apophis）を詳細に調査することを目的としている。推定直径約340メートル（または375メートル）のアポフィスは、地球表面からわずか31,860キロメートルという、既知の同規模天体としては前例のない近さで通過する見込みである。 ラムセス計画は、この歴史的なフライバイの約2か月前にあたる2029年2月にアポフィスに到着するため、2028年4月から5月頃の打ち上げが予定されている。 このミッションの最終的な承認と資金提供は、2025年11月に予定されているESA閣僚理事会での決定に委ねられている。
探査機は、アポフィスのサイズ、形状、組成、自転、そして地球の重力圏を通過する際の軌道の変化を測定する科学機器を搭載する。特に、地球の潮汐力がこの小惑星に及ぼす影響が注目される。地球に最も近い側と遠い側で受ける引力の差が、天体の構造や内部にどのような変化、例えば地滑りや地震活動を引き起こすのかを観測することは、将来の惑星防衛戦略の礎となる貴重な実証データを提供する。 この接近は、地球に衝突するリスクは今後100年間否定されているものの、この5000年から10000年に一度の現象は、人類が宇宙の営みを深く理解し、協調して対応する能力を試す絶好の機会と見なされている。
ラムセス計画の特筆すべき点は、本体に加え、さらに二機の小型キューブサットを展開する計画があることだ。これらの小型機の一つは、地球の重力の影響下でアポフィスの表面から放出される物質を分析する。もう一つは、スペインのEmxys社が開発を主導する着陸機となる予定であり、成功すれば地球最接近時の地震活動を直接測定できる可能性がある。 このミッションは、NASAがOSIRIS-RExをOSIRIS-APEXとしてアポフィスに向かわせているものの、OSIRIS-APEXが地球最接近の10日後である2029年4月23日に到着予定であるため、ラムセスは地球通過前の詳細な観測を可能にする点で優位性を持つ。
アポフィスは、その最接近時、ヨーロッパやアフリカの一部地域では肉眼でも観測可能となり、約20億人がこの光景を目撃すると予測されている。 2004年の発見当初、この天体は「混沌の神」にちなんで名付けられ、一時的に衝突の懸念から高い警戒レベルが与えられた歴史がある。 このミッションの進展は、欧州が迅速な宇宙対応能力を確立できるかどうかの試金石であり、国際協力、特にJAXAが太陽電池アレイや赤外線イメージャー、H3ロケットによる相乗り打ち上げで参加する計画が進められていることも、地球の宇宙の脅威に対する集合的な姿勢を映し出している。