サマラ・サギンバエワ監督のデビュー長編ドキュメンタリー映画「トレヴォージュナヤ・クノプカ」は、キルギスで発覚した大規模な汚職事件の捜査が引き起こした波紋を衝撃的に描いています。この作品は、7億ドル(約1000億円)規模の横領スキームを暴露したジャーナリスト、アリ・トクタクノフ氏に焦点を当てています。
トクタクノフ氏の報道後、情報提供者が暗殺されるという悲劇に見舞われ、ジャーナリストとその家族は身の安全を求めて国外へ避難しました。「トレヴォージュナヤ・クノプカ」は、彼らが国外へ逃亡し、脅威がエスカレートする中でキルギスへ帰還するまでの緊迫した道のりを追体験します。釜山国際映画祭で国際初上映されたこのドキュメンタリーは、キルギスにおける市民的自由と独立系メディアの将来に対する広範な影響も浮き彫りにしています。この映画はまた、プラハで開催されたOne Worldフェスティバルでも上映され、人権に関する最高のドキュメンタリー映画を上映することで知られています。
トクタクノフ氏の調査は2019年頃に始まり、特に元税関副長官ライムベク・マトライモフ氏とその一族が関与したとされる大規模な汚職スキームに迫りました。この調査は国際的な報道機関によっても取り上げられ、約10億ドル(約1500億円)がキルギスから不正に流出した可能性が指摘されています。情報提供者であったアイエルケン・サイマティ氏は、自身の主張を裏付ける文書を提供しましたが、後にイスタンブールで暗殺されました。汚職との闘いにおける活動が評価され、トクタクノフ氏はアントニー・ブリンケン国務長官から米国務省の「汚職対策チャンピオン」賞を授与されました。
この事件は、キルギス国内の独立系メディアに対する政府の圧力の高まりとも関連しています。近年、KloopやTemirov Liveといったメディアは、政府関係者の汚職を報じたことで、閉鎖命令や捜査対象となるなど、厳しい弾圧に直面しています。2024年1月には、Temirov Liveの従業員11人が「集団暴動の扇動」の疑いで逮捕されました。これらの動きは、キルギスにおける報道の自由と民主主義の脆弱性に対する懸念を深めています。2019年、キルギスはトランスペアレンシー・インターナショナルによる腐敗認識指数で100点中30点を獲得し、126位にランクされました。
「トレヴォージュナヤ・クノプカ」は、単なる汚職事件の告発にとどまらず、真実を追求するジャーナリストとその家族が直面する危険、そしてそれを取り巻く社会的な状況を映し出しています。サギンバエワ監督自身もジャーナリストであり、この映画は彼女自身の経験と深い洞察に基づいています。この作品は、権力に立ち向かう個人の勇気と、自由な情報が不可欠であることの重要性を改めて問いかけます。本作は釜山国際映画祭の「ワイドアングル」ドキュメンタリーコンペティション部門で国際初上映されました。