近年の研究により、ヒト内在性レトロウイルス(HERV)として知られるウイルスDNAの断片が、初期ヒト胚発生において極めて重要な役割を担っていることが明らかになりました。これらの断片は、かつて我々のご先祖様を感染させたレトロウイルスの名残であり、ゲノムの約8.9%を占め、世代を超えて受け継がれています。この発見は、生命の始まりにおけるウイルスの意外な貢献を示唆しています。
スタンフォード大学のヨアンナ・ウィソッカ教授の研究室に所属するラケル・フエヨ博士らの研究チームは、特にLTR5Hsと呼ばれるHERVの一種に焦点を当てました。このウイルス由来の要素は、胚発生の初期段階で調節活性を保持しており、遺伝子編集技術を用いてその活性を操作した結果、これらの要素の強い抑制がブラストイド(幹細胞から作られた初期胚の3次元モデル)の適切な形成を妨げることが判明しました。一方で、適度な抑制は部分的な発達を可能にしました。このことから、ウイルス由来の断片は、胚自体を形成する細胞層である上胚層の発生に不可欠な近傍遺伝子の発現を調節するエンハンサーとして機能していると考えられます。
具体的には、ヒトに特有のLTR5Hs要素は、細胞増殖や代謝といった基本的な細胞機能に関与するZNF729遺伝子の発現を高めることが示されました。このウイルス由来の要素が欠如すると、ブラストイドを生成する能力が失われます。この発見は、これらのウイルス由来のメカニズムが、他の組織形成、発生異常、さらには生殖能力といった、より後の段階でも役割を果たしている可能性を示唆しており、遺伝子調節におけるウイルス要素の重要性を強調し、様々な疾患の治療標的となる可能性を示唆しています。
研究はまた、以前は「ジャンクDNA」と考えられていたこれらの古代のウイルス配列が、マウス、ウシ、ブタ、ウサギ、アカゲザルを含む様々な哺乳類において受精直後に活性化されることを示しました。この活性化は、胚性細胞の可塑性の重要な側面である細胞の特殊化と組織形成に影響を与える可能性があります。科学者たちは、ヒト特異的なLTR5Hsが、ヒト胚性癌細胞における数百の遺伝子の発現を制御するエンハンサーとして機能することを発見しました。これらの要素は、LTR5Hsの挿入がないアカゲザルと比較して、初期のヒト胚盤胞で優先的に発現しており、HERVKの最近の内在化がヒトおよび類人猿における独自の遺伝子発現パターンを確立する上で果たす役割を示しています。
さらに、より後の発生段階、他の組織形成、発生病理、これらのウイルス由来要素の集団間での遺伝的変異や、それが生殖障害とどのように関連しているかを調査することは、今後の重要な研究課題となります。フエヨ博士は、EMBO財団からのフェローシップやがん研究機関からの助成金を受けて、この分野での研究を続けており、トランスポゾンと胚発生およびがんにおける細胞生物学との相互作用の解明を目指しています。この研究は、遺伝子調節におけるウイルス由来要素の重要性を浮き彫りにし、将来的に様々な疾患の治療標的となる可能性を示唆しています。