富士山の北西斜面に広がる青木ヶ原樹海の下には、約1,200年前の貞観大噴火（西暦864年）によって形成された神秘的な自然のトンネル、鳴沢洞窟があります。この噴火では、長尾山付近から大量の溶岩が噴出し、広大な湖であった「剗の海」の大部分を埋め尽くしました。その溶岩流の上に再生した森林が現在の青木ヶ原樹海であり、鳴沢洞窟はその地下に広がる壮大な自然遺産です。噴火の際には、古代の樹木も溶岩に飲み込まれ、その痕跡が洞窟内に残されていることも、この場所の歴史の深さを物語っています。
鳴沢洞窟は、この地域に点在する溶岩洞窟の中でも特に規模が大きいものの一つで、全長約150メートル、高さは約3.6メートルを誇ります。洞内の平均気温は年間を通して3度強と低く、この冷涼な環境が独特の景観を生み出しています。特に冬から春にかけては、洞窟の壁や天井から滴り落ちる水分が凍りつき、厚さ0.5メートル、高さ3メートル近くにもなる「溶岩鍾乳石」が形成されます。これらの造形美は訪れる者を魅了します。歴史的には、この洞窟の低温環境が利用され、古くは氷の貯蔵庫として、また寒冷期には蚕の卵を保管する場所としても活用されてきました。
洞窟の壁面を構成する玄武岩質は音を吸収する性質を持つため、洞窟内部は不思議なほど静寂に包まれ、外部の喧騒から隔絶された落ち着いた空間が広がっています。この音響特性は、同じく溶岩洞窟である富岳風穴とは異なる、鳴沢洞窟ならではの体験を提供します。絶え間なく滴る水滴が低温環境下でゆっくりと凍結・堆積することで形成される溶岩鍾乳石は、まさに自然の芸術と言えるでしょう。これらの現象は、洞窟内の安定した低温環境が長期間維持されている証でもあります。
鳴沢洞窟は、約800メートル東に位置する富岳風穴よりも浅いですが、その存在は富士山のダイナミックな火山活動の歴史を物語っています。溶岩流が大地を覆い尽くし、その上に生命が息づき、そして地下にはこのような神秘的な空間が形成される。自然の営みの壮大さを肌で感じられる場所として、鳴沢洞窟は多くの人々を惹きつけています。