SLAC国立加速器研究所の研究チームは、金(ゴールド)をその融点の約14倍にあたる約19,000ケルビン(摂氏約18,700度)まで加熱することに成功しましたが、驚くべきことに、金は液体に変化せず、固体状態を維持しました。この成果は、1980年代に提唱された長年の理論に挑戦するものであり、科学誌『ネイチャー』に発表されました。
この画期的な実験では、超高速X線レーザーパルスが用いられました。ボブ・ナグラー氏率いる研究チームは、極めて短い時間(45フェムト秒)のレーザーパルスを薄い金の薄膜に照射しました。この瞬間的な加熱により、金の原子は急激に振動し、その振動周波数は温度の上昇に直接関連付けられました。この超高速加熱プロセスが、金の結晶構造の崩壊を防ぎ、極端な高温下でも固体としての形態を保つことを可能にしたのです。この発見は、核融合炉の材料、宇宙船の耐熱シールド、次世代エレクトロニクス、さらには天体物理学の研究など、多岐にわたる分野への応用が期待されています。
この発見の背景には、「エントロピー破局」と呼ばれる、1988年に提唱された理論があります。この理論では、固体が融点のおよそ3倍を超えて加熱されると、その無秩序度(エントロピー)が液体よりも高くなり、熱力学第二法則に反する状態になると考えられていました。しかし、今回の実験では、原子が再配列する時間を与えないほどの超高速加熱(1000兆分の数秒単位)を行うことで、この理論的な限界を回避できることが示されました。これは、物質が極限の条件下で、予想もしなかった振る舞いを見せる可能性を示唆しており、科学者たちの物質に対する理解を深める機会を提供しています。
これまで、「暖かい高密度物質(warm dense matter)」と呼ばれる状態、例えば惑星の核や恒星の内部で見られるような高温・高圧の物質の温度を正確に測定することは、長年の課題でした。今回の実験で開発された、原子の振動速度を直接測定する新しい手法は、この問題を克服するものです。この革新的な測定技術は、極限状態にある物質の理解を深める上で、新たな道を開くものと期待されています。