犬と猫の視覚機能に見る驚くべき適応戦略

イヌとネコの視覚システムは、それぞれの生活様式に驚くほど適応した構造を持っています。彼らの目は、人間とは異なる環境下での生存と捕食のために特化しているのです。

犬の視覚は、完全な昼行性でも夜行性でもない、中間的な位置づけにあります。人間と決定的に異なるのは、網膜の中心部に高濃度の錐体細胞が集まる「黄斑（おうはん）」が存在しない点です。この構造が視力の鋭敏さを低下させており、犬の視力は、人間がスネレン視力表の10行目を読むのに対し、犬は3行目を読む程度の解像度に相当すると言われています。これは、細部の鮮明さよりも、動きの検出に重点が置かれていることを示唆しています。

対照的に、猫は薄明薄暮性のハンターであり、その視覚は低照度環境での活動に最適化されています。この適応は、網膜における桿体細胞の割合に明確に表れており、猫の網膜にはヒトの約60%に対し、約80%の桿体細胞が存在します。さらに、猫の瞳孔は縦長の切れ込み状に収縮可能であり、これにより最大限の光を取り込むことができます。また、網膜の後ろに位置するタペタム・ルーシダム（輝板）は、内部の鏡として機能し、光を網膜の光受容細胞に数倍に増幅させます。この仕組みにより、猫は人間が必要とする光量の6分の1以下の環境下で視認でき、光の利用効率は人間の2倍にも達します。

犬や猫が完全に色盲であるという一般的な誤解は事実に反します。猫も犬も、ヒトが持つ3種類の錐体細胞に対し2種類しか持たない二色型色覚の持ち主です。彼らの色覚は青緑色と黄青色の範囲に限定されており、赤色は灰色がかった暗い色として認識されます。猫の世界は青みがかった灰色が支配的であり、ネズミの捕獲に有利な20種類以上の濃淡のグレーを見分けることができます。一方、犬に関しては、自然環境下では色情報よりも物体の動きが重要である可能性が指摘されています。

両種に共通する特徴として、両眼視（バイノキュラー・ビジョン）が挙げられます。これにより、立体的な知覚と正確な距離感が得られ、捕食者としての進化的な優位性を確立しています。猫の場合、両眼視の視野角は約140度に達し、これは正確なジャンプの実行に不可欠です。犬においては、視野の重なり合う角度は30度から60度であり、獲物を追跡する際の距離測定に極めて重要となります。

遠方視力に関して、猫は最大で60～70メートル先の物体を鮮明に捉えることができますが、近距離のディテール認識能力は、中心部の網膜の発達が劣るため低下します。犬は、300～400メートル離れた動く物体を捉える能力に優れており、100～150メートルの距離で最も鮮明な像を結びます。興味深いことに、犬は最大で+0.5ジオプトリー程度の軽度の遠視傾向を示し、これは多くの成人ヒトの視力と類似しています。このように、彼らの目の構造に見られる進化的なトレードオフは、色覚の正確性を犠牲にする代わりに、暗所での優れた動きの検出能力と方向感覚をもたらしたのです。