ウィキメディア財団が公表した最新の報告は、デジタル情報との関わり方が根本的な転換期にあることを示唆している。2025年3月から8月にかけての期間で、ウィキペディアの直接的な人間による閲覧数が前年同期比で8パーセント減少したという事実は、単なる一時的な変動以上の意味を持つと指摘されている。
この現象について、ウィキメディア財団の製品担当シニアディレクターであるマーシャル・ミラー氏は、生成AIの台頭とソーシャルメディアの普及が、人々が知識を求める経路を大きく変えた結果であると分析している。現代の情報消費は、情報源へ直接アクセスするのではなく、AIチャットボットや検索エンジンの要約機能を通じて、必要な知識がその場で提供される形へと移行している。驚くべきことに、現在稼働している主要な大規模言語モデル(LLM)のほぼ全てがウィキペディアのデータセットを基盤として学習を重ねており、これは、ユーザーがウィキペディアのコンテンツから知識を得ながらも、その源泉への直接訪問が減少しているというパラドックスを生んでいる。
この間接的な知識利用の増加は、検索エンジンがウィキペディアの情報を基に回答を生成し、ユーザーを元のサイトに誘導しないケースが増えていることに起因する。ミラー氏は、この流れがウィキペディアの持続可能性という、より深い次元の課題を提起していると警告する。直接的なアクセスが減ることは、プラットフォームの品質維持に不可欠なボランティアによる貢献意欲の減退や、個人からの寄付の減少に繋がりかねない。ウィキペディアは広告を掲載せず、その中立性、検証可能性、透明性といった高い基準を維持するために読者からの支援に依存しているためである。
財団は、この新たな情報エコシステムに対応するため、AIシステムによるコンテンツ利用に対する適切な「帰属表示(アトリビューション)」の枠組み確立を極めて重要であると強調している。また、YouTubeやTikTokといったプラットフォームを通じて新たな読者層との接点を模索するなど、情報発信のあり方そのものを見直す動きも見られる。興味深いことに、このトラフィックの再評価の過程で、2025年5月にはブラジルからの異常に高いトラフィックが観測されたが、後にその多くが人間を模倣したボットによるものであることが判明し、精緻化されたボット検出システムの導入が真の人間によるエンゲージメントをより正確に把握するための重要な調整となった。
ウィキペディアは、AIが生成するコンテンツが氾濫するインターネットにおいて、人間が丹念に構築した信頼できる知識の砦としての価値を一層高めている。この基盤を未来にわたって維持し、進化させていくためには、技術の進化と、その基盤を提供する人間の活動との調和を見出すことが今求められている。知識の源泉を尊重し、その流れを支える行為こそが、集合的な知の未来を形作る礎となるだろう。