2024年に公開されたカンボジアのフォークホラー映画「Tenement」が、第98回アカデミー賞の国際長編映画賞部門にカンボジア代表として選出され、国際的な注目を集めています。本作は、ネト・インラスティテップ監督とソクユー・チェア監督による初の長編作品であり、カンボジア映画界における新たな地平を切り開くものとして期待されています。
物語は、カンボジアと日本のハーフである漫画家のソリヤ（ソーン・タネット）が、母親の死後、故郷であるプノンペンに戻るところから始まります。彼女は母親の古いアパートに住むことになりますが、そこで恐ろしい幻覚に悩まされるようになります。この映画は、単なるホラー作品にとどまらず、カンボジアの複雑な過去、特にクメール・ルージュ時代の歴史的背景を反映し、世代間のトラウマを深く掘り下げています。批評家からは、その超常的な恐怖と歴史的考察の融合が称賛されており、カンボジアの文化的な要素を巧みに取り入れた点が評価されています。
「Tenement」は、2024年1月に開催されたロッテルダム国際映画祭でワールドプレミア上映されたのを皮切りに、大阪アジア映画祭、ホーチミン市国際映画祭、シアトル国際映画祭、シッチェス国際ファンタスティック映画祭など、世界中の主要な映画祭で上映されました。特に、ホーチミン市国際映画祭ではプロダクションデザイン賞を受賞するなど、その芸術性が高く評価されています。また、カンボジア映画としては初めてドルビーアトモス音響技術を採用しており、没入感のある音響体験で観客を恐怖の世界へと引き込みます。
本作の監督であるネト・インラスティテップとチェア・ソクユーは、映画制作のインスピレーションを、古い建物の探索や、人間の「帰属意識」への渇望から得たと語っています。ソリヤというキャラクターを通して、移民としての背景を持つ彼女の視点から、複雑な感情やアイデンティティの問題が描かれています。映画の舞台となるアパートは、歴史と芸術的なエネルギーに満ちた実在の場所から着想を得ており、その細部へのこだわりが、不穏で没入感のある雰囲気を醸し出しています。
「Tenement」は、2024年11月14日にカンボジア国内で劇場公開され、観客からも好意的な反応を得ています。この作品は、カンボジアの映画産業が国際的な舞台で存在感を示し始めていることの証であり、伝統的なホラー物語に現代的な視点と心理的な深みを与えることで、新たなファン層を獲得しています。カンボジアの豊かな文化と、過去の影が織りなすこのスリリングな物語は、世界中の観客に強い印象を与えることでしょう。