スペイン北部、シエラ・デ・アタプエルカにあるエル・ミラドール洞窟で、約5700年前の新石器時代後期にカニバリズム(人肉食)が行われていたことを示す考古学的証拠が発見されました。この洞窟からは、子供や成人を含む少なくとも11人の人骨の断片が見つかっており、それらには解体、骨からの肉の剥ぎ取り、調理、そして人による噛み跡といった、明確な加工痕跡が認められました。これらの痕跡は、意図的な人肉食の行為を示唆しています。
放射性炭素年代測定により、この出来事が紀元前3750年から紀元前3570年頃に発生したことが明らかになりました。これはヨーロッパの新石器時代が大きな変革期にあった時代であり、農耕や牧畜が広まり定住生活が一般的になる一方で、集団間の暴力も頻発していた時期と重なります。研究者たちは、このカニバリズムが飢餓や儀式的な目的によるものではなく、敵対する集団に対する「究極的な排除」や支配力の誇示を目的とした、「戦争カニバリズム」であった可能性が高いと推測しています。これは当時の地域社会における緊張関係や紛争の激しさを物語るものです。
ストロンチウム同位体分析(⁸⁷Sr/⁸⁶Sr)により、犠牲となった人々が洞窟周辺の地元地域出身であることが確認されました。これは、遠方からの侵略者によるものではなく、近隣の集団間での激しい対立があったことを示唆しています。この分析手法は、古代の人の移動パターンを追跡する上で重要な役割を果たしており、過去の集団間の関係性を理解する上で貴重な情報を提供します。
エル・ミラドール洞窟での発見は、ヨーロッパにおける新石器時代のカニバリズムの事例をさらに裏付けるものであり、当時の社会における暴力や複雑な人間行動に対する理解を深めるものです。同様の事例は、ドイツのヘルクスハイムやフランスのフォントブレゴア洞窟など、ヨーロッパ各地の新石器時代の遺跡からも報告されており、この時代の社会が単一の文化や行動様式を持っていたわけではないことを示唆しています。エル・ミラドール洞窟自体も、過去には青銅器時代にもカニバリズムの痕跡が発見されており、この洞窟が長い期間にわたり、様々な人間活動の場であったことがうかがえます。